【漆芸家:やのさちこインタビュー後編】塗って、待って、積もっていく
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── 自分らしさを感じるのは、どんな瞬間ですか。
線や色使いでしょうか。
周りの方からも、「やのさんらしい」と言ってもらえるのは、そこだと思います。
もともとは、自分らしくなくても生きていけると思って、漆芸の世界に入りました。
それなのに、気がつけば作家になっていた。
職人仕事が少なくなってきた、という現実もあって、
結果的に作家としてやっていくことになりましたが、
今はその立場での喜びも、日々感じています。

── 作品の完成は、どこで判断するのでしょう。
蒔絵の作品には、ある程度決まりがあります。
一定の過程を経ると、成立する。
一方で、私がやっている漆絵は、終わりが決めづらい。
足りなかったり、やりすぎたり、今でも悩みます。
ただ、「毛打ち(けうち)」という、
細い線を漆で描いて金粉を蒔く作業を経たら、制作はおしまいです。
自分が納得しているかどうかはさておき終わりという感じです。
下地塗りから考えると毛打ちまでに1年近くかかることもあります。
なので、毛打ちはいつも緊張します。
うまくいったときは、すごくすっきりしますよ。

── 子育ての経験は、制作に影響していますか。
30歳から6年ほど、出産と育児でほとんど仕事ができない時期がありました。
今振り返ると、その時間は決して短くなかったと思います。
子どもと過ごすと、目線が下がるんです。
落ちている木の実や、道端の野草を
子ども達が見つけては私に見せてくれるのです。
そういうとりとめのないものが、今のデザインに活きている気がします。
育児がひと段落して、いざ描こうとすると、
そうした断片ばかりを書いている自分がいました。
作品の印象も、以前より少し温かいものになったと思います。

── 子育てと制作を両立する中で、感じてきたことはありますか。
子育て期間は社会から置いていかれるような感覚もありましたし、
このまま続けていけるのかな、と
不安になることもありました。
諦めてしまいそうになったことも、正直あります。
そんな時に夫の存在は大きかったです。
夫は木工作家として活動していて、目の前で自分のものを作り続けていた。
その姿を見ていたから、自分の中で火が絶えなかったのだと思います。
主人の存在は、支えでもあり、同時にライバルでもありましたから。
作れないもどかしさや悔しさが、エンジンになった部分はあります。
── 女性が制作を続けることについて、どう感じていますか。
正直、すごく大変だと思います。
軽い気持ちで「大丈夫」とは言えません。
自分のしたいことを通そうとすれば、
家族を巻き込むことにもなるし、
我慢させたり、待たせたり、
そういうことの積み重ねです。
それでも、もし家庭や周囲を理由に諦めようとしている人がいたら、
「諦めんとき」と言ってしまうと思います。
無責任かもしれないけれど、言ってしまう。
私自身、夫や子どもに背中を押されて、ここまで続けてこられた部分もあります。
他の仕事をと思ったこともありますが、
自分が一番できることは何かと考えたとき、
やはり漆芸だと思いました。

── 作家として続けてきた今、感じることはありますか。
今でこそ不自由の少ない生活ができるようになりましたが、
たくさん苦労もしてきたし、自分自身でも頑張ってきたという自負はあります。
過去を振り返れば、正直、思い出したくもないような悲惨な時期もありました。
でも、そういった時期があるおかげで、
お客さんに対して、心の底から感謝を伝えられていると思います。
特に私の制作は悩みながら作ることも多いので、
お客さんをお待たせしてしまうこともあります。
そんな私のことも気長に待ってくれて、
生活を支えてくださって、本当に感謝ですよね。

── 今後、漆で挑戦したいことはありますか。
吸い物椀だけの展示をしてみたいと思っています。
理由は、作るのが単純に楽しいから(笑)
中身が見えない、というのはやはり面白いと思うのです。
蓋を開けるまで何が入っているのか分からない。
開ける瞬間のワクワク感は、少しびっくり箱みたいだなと思っています。

── 最後に漆を始めとした工芸の世界の若い方にメッセージをください。
一緒に頑張りましょう。
本当はそろそろ私も教えてもらったものを
返していかないといけない時期になってきたとは思うのですが(笑)。
でも、素直な思いとして一緒に頑張っていきたいと思います。

取材中、言葉はすぐには返ってきませんでした。
語って、立ち止まり、考え、また語り出す。
それは迷いではなく、置かれるべき時間だったように思います。
塗って、乾かして、待つ。
やのさんの制作と同じ速度で、言葉も置かれていく取材でした。