【陶芸作家:イェンユウ】記憶をまとう器

【陶芸作家:イェンユウ】記憶をまとう器

京都市・上京区。

古くからの町家と、時代に合わせて建てられた住宅が肩を並べる、静かで落ち着いた街です。

観光地の喧騒から少し離れたこの場所には、路地を歩く人の足音や、暮らしの気配が感じられます。

朝と夕方で光の色が変わり、同じ道でも異なる表情を見ることができます。

どこか懐かしいそんな時間の重なりが、今もこの街には残っています。

この街で、自身の記憶と感覚を器に映し出す陶芸家がいます。

今回ご紹介するのは、陶芸家・イェンユウさん。

台湾で生まれ育ち、東京ではオフィスワーカーとして働いていた彼女は、コロナ禍をきっかけに自分自身と向き合う中で陶芸というものに出会います。

趣味として始めた陶芸は、やがて彼女の人生の軸となり、今は京都の町家で作陶の日々を送っています。

「不思議と続けられたんです」

そう語る彼女の表情は、朗らかで、それでいて確かな芯を感じるものでした。

東京で陶芸と出会い、多治見市陶磁器意匠研究所で学びを深め、そして京都へ。

何かに導かれるように、イェンユウさんは陶芸の世界へと進んでいきました。

工房は、細い路地を進んだ先にあります。

かつて織屋として使われていたという町家は、天井が高く、穏やかな空気で満ちています。

南向きの窓から差し込むやわらかな光は、刻々と角度を変えながら、工房の中に静かな影を落とします。

午前と午後、晴れの日と曇りの日。

ここで作られる器たちは、美しい工房の空気をそのまま私たちに届けてくれます。

彼女の作品は、どれも柔らかな印象をたたえています。

それはきっと彼女が歩んできた時間そのものが器に映し出されているからでしょう。

苔を思わせる深い緑、雪の中で静かに耐える植物の気配、旅先でふと心に残った風景の断片。

自然から受け取ったイメージを自身の中で再解釈し、器へと落とし込んでいます。

釉薬を筆で塗る姿は、まるで絵画を描くかのようです。

ひと筆ごとに揺らぎが生まれ、同じものは二つとありません。

形には台湾で育った記憶から、色には日本で過ごす日々の感覚がにじむ。

どちらか一方に寄ることなく、境界がゆっくりとほどけていくような佇まいが、彼女の器に独自の奥行きを与えています。

制作の際、最初から明確な完成図を描くことはあまりないといいます。

轆轤を回しながら、手の感覚に耳を澄ませ、器をさまざまな角度から眺めながら、少しずつ形を探していく。

その過程は、計画というよりも対話に近いもの。

土と向き合い、土の声を受け取りながら、器はだんだんと姿を現していきます。

「使う人が自由に受け取ってくれたらうれしい」

彼女の器には、確かなイメージと想いが宿っています。

しかし、それを強く主張することはありません。

まるで旅の思い出をそっと語りかけるように、器は使い手の日常へと手渡されていきます。

そこでは、作り手の記憶と、使い手の記憶が重なり合い、新たな風景が生まれていきます。

 

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