【陶芸家:奥田章】丘の上は器の生まれる場所

【陶芸家:奥田章】丘の上は器の生まれる場所

信楽の駅を後にすると、穏やかな街並みの中へと足を進めることになります。

観光地として知られる賑わいから少し離れたこの道には、生活の気配が流れています。

しばらく歩くと、歴史を感じさせる神社が姿を現します。

境内には、長い時間をこの土地と共に過ごしてきた柿の木が立ち、その枝は空へ向かって伸びていました。

その木を横目に、小高い丘を登っていくと、ひらけた空の下にモダンな建物が現れます。

ここは、陶芸家・奥田章さんのギャラリー兼工房です。

信楽の歴史ある窯元に生まれ、幼い頃から土と火を身近に感じて育ってきた奥田さん。

しかし、陶芸家としての道は、最初から定められていたわけではありません。

一度は社会人として別の世界を経験し、その後あらためて「つくる」ことと向き合う決意をされました。

「陶芸は、やればやるほど楽しいです。」そう語る奥田さんの言葉は、とても自然で、肩の力が抜けています。

お話し好きで、よく笑い、信楽作家市というイベントを仕切る存在としても知られる奥田さんは、誰もがつい話しかけたくなる人です。

扉を開けると、まず工房の気配が伝わってきます。

土の匂い、轆轤の低い回転音、使い込まれた道具たち。

窓際に置かれた轆轤や、削りに使うへら、整然と並ぶ器の数々には、長い時間をかけて大切に使われてきた痕跡が息づいています。

この場所で積み重ねられてきた日々が、そのまま空気となって訪れる人を迎え入れてくれるようです。

一方で、工房に併設されたギャラリーに足を踏み入れると、空気は一変します。

余白を大切に設えられた空間に、白と黒を基調とした器が静かに並び、光を受け止めながら凛とした存在感を放っています。

思わず息をひそめてしまうほど、静かで張りつめた空気がそこにはありました。

奥田さんの器は、一見するととても静かです。

白や黒という抑えた色合いは、料理を美しく引き立てるために、計算を重ねた末に辿り着いたもの。

線で描かれた模様も、決して主張しすぎることはなく、自然と視線を料理へと導いてくれます。

「線が多すぎるとうるさくなるし、少なすぎると効果が薄くなる。その微妙なバランスを意識しています。」

その言葉を聞いて、器が放つ確かな魅力の理由が腑に落ちました。

よく見ると、釉薬の揺らぎや面のわずかな変化が重なり合い、単なるシンプルさでは語れない奥行きが感じられます。

凛とした緊張感をまといながらも、手に取ると不思議と馴染み、料理を待つための余白がきちんと残されている。

それは、作り手の理想と、使い手の自由。

そのあいだにそっと橋をかけるように生まれた器です。

ギャラリーを後にする頃、器はすでに「展示されるもの」ではなく、誰かの食卓に並ぶ風景として立ち上がっていました。

この丘の上で生まれた器が、日々の暮らしの中へと降りていく。

その往復の中にこそ、奥田章さんのものづくりの本質があります。

誰かの笑顔のために。奥田さんは今日も轆轤に向かっています。

 

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