【陶芸家:榎並伸太郎インタビュー前編】土の記憶に導かれて
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――まず、陶芸と出会ったきっかけから教えてください。
祖父が信楽の陶芸家だったので、陶芸という仕事は身近な存在でした。
でも、幼い頃は自分が陶芸家になるなんて、まったく考えていなかったですね。
大学卒業後はアパレルの仕事をしていました。
仕事自体は楽しかったのですが、「このままこの仕事を続けていく」という覚悟を持ちきれずにいて。
何か新しいことを求めてはいるものの、何を求めているのかは分からない。
そんな日々を過ごしていました。
ある日、母が作った料理が祖父の器に盛られて食卓に並んだんです。
その瞬間に何かがひらめいた、というわけではありません。
ただ、祖父がいつも楽しそうに器を作っていた姿が、ふっと頭に浮かびました。
「ちょっと陶芸の世界を覗いてみよう」くらいの軽い気持ちで、展示会の販売を手伝ったのが始まりです。

――おじい様の記憶とはどんなものでしょうか。
祖父は、とにかく楽しそうに仕事をしていました。
その姿がなぜかずっと心に残っていて、「ああ、ああいうふうに働けたらいいな」と思ったんです。
手伝うようになって、久しぶりに土に触れた瞬間、子どもの頃の記憶が一気によみがえってきました。
そこから、「ちゃんと学びたい」と思うようになりましたね。

――信楽の窯業試験場で学ばれたのですね。
はい。すべてが初めてで、新鮮で、とにかく楽しかったです。
授業の中で、自分にできることが一つずつ増えていくのが実感できて。
それが嬉しくて、どんどんのめり込んでいきました。
――現在の作風にたどり着いた経緯も気になります。
弟子入りしていた大谷哲也さんと桃子さんのもとで、たくさん試作を重ねました。
自分の作品を作るに当たって、模様をつけたいという思いはずっとありました。
これは自分の長所を考えたときに、「手先が器用で、黙々と続けられること」だなと思ったからです。
その長所であり自分らしさがこの模様には、一番よく出ていると思っています。

――影響を受けた人や作品はありますか。
やはり、大谷哲也さんと桃子さんですね。
5年間修行させていただく中で、本当に多くの影響を受けましたが、とくに印象に残っているのは、弟子入りして間もない頃にかけてもらった言葉です。
「器を作る人間になるなら、料理をしなさい」と言われたんです。
料理をすることで、器のアイデアが生まれる。
今思えば当たり前のことですが、当時の僕にはまさに目から鱗でした。
その頃は、「かっこいい器を作りたい」ということしか考えていなかったので。
あの一言があったからこそ、今の僕の器は、自分の暮らしに根ざしたものとして生まれてきているのだと思います。

――制作の中でどのような点を意識していますか?
シルエットの美しさには、特にこだわっています。
削りの工程が好きで、そこで器の形が完成すると考えています。
どこにふくらみを持たせるか、どこをシャープにするか。
そのバランスを考える時間が楽しいですね。
あとは、ウェイトバランスも意識しています。
重すぎては使いにくいし、軽すぎると雰囲気が損なわれてしまう。
このバランスを取ることは制作の中で常に意識しています。
目には見えないけれど重さも作品のとても重要な要素だと思うのです。

※模様をつける前の器たち
――土選びについてはいかがでしょう。
今は、目の細かい土と荒い土の2種類を使っています。
細かい土はつるっとした端正な仕上がりになりますし、荒い土は釉薬の表情に大きな変化が出る。
表現の幅が広がるところが面白いですね。
後編は明日公開されます。