【陶芸家:高橋燎】静謐の青
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山へ向かう道は、次第に街の音を失っていきます。
代わりに耳に届くのは、風が木々を揺らす音、鳥のさえずり、踏みしめる落ち葉の乾いた感触。
視界がひらけたかと思うと、道路の脇に、ふいに煙突が現れます。
ここは、陶芸家・高橋燎さんの窯場です。
アメリカで設計されたトレインキルンを用い、信楽の地で制作を続けています。

※トレインキルンの煙突
高橋さんが陶芸と出会ったのは、大学時代のことでした。
「土に触れた瞬間、自分の中にあったわだかまりが、すっとほどけた気がしました」
静かに語られるその言葉には、多くの説明を必要としません。
作品に触れれば、その感覚は自然と伝わってくるからです。
誰の中にもある、名前のつかない衝動。
それが土に触れることで、ようやく流れ出した──そんな気配が、器の佇まいに重なります。

工房は、窯場から車で5分ほどの場所にあります。
信楽の住宅街の中に佇む、伝統的な日本家屋。
中へ足を踏み入れると、広く取られた作業場、余白を残した動線、使い込まれた道具が静かに並んでいます。
そこにあるのは、作るために必要なものだけ。
土の匂いと、轆轤のモーター音が、空間に薄く溶け込んでいました。
ここでは、言葉よりも先に、手と目が働いているように感じられます。

高橋さんの器は、大地の力強さを宿しながら、どこか静謐です。
装飾を抑えた形と釉薬。
控えめでありながら、確かな存在感を感じさせる器たちは、研ぎ澄まされた言葉で思いを伝える高橋さんの佇まいと、どこか重なって見えました。
中でも印象的なのが、青い釉薬をまとった作品です。
その青は、決して一色にとどまりません。
光を受けて深く沈み、水面のように感じられた青は角度を変えると空の青へと変化します。
自然の中にある青が、常に移ろい続けていることを、そのまま器に留めたかのようです。
窯の中で炎や気流に導かれながら定着した色は、偶然でありながら、確かに必然としてそこに在ります。

※作品たち
理想の形を思い描きながらも、手を動かしてみると違和感が残る。
何が違うのかは分かるのに、答えはすぐには見えない。
その足踏みの時間と葛藤を抱えたまま、また土に触れる。
高橋さんの制作には、前進と停滞が、常に同時に存在しています。

それでも、彼は作り続けます。
誰かと比べるのではなく、昨日の自分と向き合うように。
衝動と理性、コントロールと偶然。
どちらかを選ぶのではなく、両方を抱えたまま手を動かす。
矛盾さえも受け入れた器は、使う人それぞれの思いを受け止めてくれます。