【金工:中根嶺インタビュー前編】素材との対話

【金工:中根嶺インタビュー前編】素材との対話

― まず、金工という世界に興味を持たれたきっかけを教えてください。

父は陶芸家で、母は染織をしていて、幼い頃からモノづくりは身近にありました。

僕自身もモノづくりは好きで、学生の頃は彫刻を学びました。

将来的にもモノづくりを仕事にしたいと考えていたのですが、何を素材にモノを作りたいのか。

この点は自分の中でも定まっていなかったですね。

卒業後は東京でフラフラとしていました。

大きなモノづくりにも興味があって舞台設営のアルバイトなども経験する中で自分には一人で作ることのできるサイズ感のモノづくりが性に合っているんだなと思うようになりました。

そんなとき、たまたまある金工の工房の求人が目に留まりました。

この工房で働き始めたのが金属と向き合う日々のきっかけとなりました。

—— つまり、偶然の出会いから始まったんですね。

そうですね。

日本の伝統的な技法や素材をコンセプトにモノづくりをしている工房で配属されたのが鍛金(金属を叩いて形をつくる)技法で結婚指輪を作る部門でした。

金工の世界には、鋳金(型に流し込む)、彫金(削って装飾する)、鍛金といくつかの分野がありますが、僕が鍛金に惹かれたのはこの現場が原点です。

モノづくりは好きだったし、それなりに手先は器用だと自負していましたが、金属はそれまで扱っていた素材とは違って、なかなか思い通りにならないものでした。

その「思い通りにならなさ」に、逆に火がついたんです。

※金属を加熱する工程

― “思い通りにならない”というのは、どういう意味でしょうか?

金属って、素手で形を変えることができないのです。

曲げるにも、切るにも、必ず“道具”を介さないといけない。

つまり、素材を扱うには、まず道具を扱う技術と知識が必要になるのです。

ここで挫折を味わったというか。

先輩が簡単にやっていることが自分にはできなくて、悔しかったですね。

この経験がバネになって、どんどんのめり込んでいきました。

道具を使いこなせるようになると、その硬い金属が自分の意図で少しずつ形を変えていく。

その瞬間、世界が一気に広がる感覚がありました。

※加熱した金属を冷まし、その後叩いて成形していく。

― 中根さんにとって、金属という素材の魅力はどんなところにありますか?

僕が扱うのは非鉄金属、つまり銅、真鍮、アルミ、銀、金といった素材です。

これらの金属は簡単に朽ちることはないので自分の人生よりも遥かに永く形を留めます。

それは作ったものが残ってしまうという意味では少し怖さもありますが、大きな魅力でもあると思っています。

そして金属の特徴の一つは、「同じ種類の金属には個体差がほとんどないこと」だと思います。

金属はもともと鉱物で、大地の中に眠っていたものです。

それを掘り出し、精錬して素材へと変えていく。

現代の精錬技術は非常に高く、ばらつきがほとんどありません。

例えば木の場合は同じ樹種でもそれぞれの木によって木目や色味が異なります。

しかし、金属の場合は一次加工されて材料となっているので、2枚の銅の板を見比べても違いがありません。

これは素材としては面白みにかけるようにも思えますが、個体差がないからこそ、作り手の痕跡や意図が純度高く表面に意匠として現れるのです。

それも金属という素材の一つの魅力だと思います。

― 工房や道具にも、こだわりがあると伺いました。

そうですね。

工房は自分でリノベーションしました。

築年数は不明ですが、おそらく100年以上の歴史があるとのことです。

八百屋だった時代もあれば家具屋の倉庫だった時代もあると聞きました。

僕は古いものが好きなのでこういったストーリーに惹かれる部分があります。

改装の際に大切にしたのは、「心地よく作業できるか」。

それは単に作業動線の良さだけではなく、自分の気持ちを保てる空間であることも含みます。

大きな窓を設け、庭に植栽し、ふと顔を上げたときに庭から時間や季節の変化、光や風を感じられるようにしています。

道具は、知り合いの職人さんから譲ってもらったものもあります。

しっかりメンテナンスすれば一生使えるし、道具そのものに「歴史」や「想い」が詰まっている。

そういうものを手にすると、自然と背筋が伸びるのです。

後編は明日公開されます。

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