【陶芸家:奥田章インタビュー前編】交差する感性
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—— 陶芸を志したきっかけを教えてください。
信楽の窯元の次男として生まれたので、親が陶芸をしている姿は当たり前の風景でした。
信楽自体が陶芸の一大産地なので、周囲にも常に陶芸があって。
特別に「好きだ」と意識していたというより、生活の一部という感覚でしたね。
ただ、形をつくること自体は幼い頃から好きでした。
小学生の授業で陶芸をした時に入選した経験もあって、それは素直にうれしかったです。
でも、その時点で陶芸家になろうとは思っていませんでした。

—— 一度は社会人として働かれていますよね。
はい。メーカーで機械の保守作業をする仕事を6年ほどしていました。
まったく違う世界でしたが、責任感や物事の考え方など、多くのことを学びました。
ただ、その時間を過ごす中でも、「やっぱりつくりたい」という気持ちが消えなかったのです。
それで20代半ばに実家へ戻り、改めて陶芸と向き合う決意をしました。

—— 技術はどのように身につけられたのでしょうか。
父から「まずは轆轤の技術を磨け」と言われ、信楽の窯業試験場に入りました。
自分の思い描いたものをきちんと形にするには、基礎が何より大切だという父の考えです。
技術を学びに行きましたが、同時に様々な感性を学べたことは今でも大きな糧になっています。
当時のクラスはほとんどが女性で、そこで「かわいい」という感性に触れたのです。
当時は渋い器を好んでいましたが、かわいい器もいいじゃないかと世界が広がりました。
使う人やシーンは様々なので、この時期に多くの感性に触れられたのは非常に貴重な経験だったと思います。

—— 陶芸の魅力はどんなところにあると感じていますか。
自由度の高さだと思います。
器にもなるし、オブジェにもなる。
陶芸は本当に懐が深くて、どんな表現も受け入れてくれます。
長く続けていますが、いまだに他の作家さんの作品を見て、こんな表現ができるのかと素直に驚いてしまいます。
そういった自由度の高さや奥行きの深さに、やればやるほど楽しいと感じますね。

—— ご自身の作風はどのように確立していったのでしょう。
リバーシブルの器を作った時に、「これが自分の作風だ」と腑に落ちる感覚がありました。
表と裏で異なる表情を持ちながら、きちんと用途も成立している。
その作品を公募展に出した際、厳しい評価で知られる審査員の方から良い評価をいただいて、自信につながりました。
実はリバーシブルの服からインスピレーションを受けたのです(笑)

—— 理想の器像について教えてください。
作り手が想定している以上の働きを見せてくれる器。
これが理想の器ではないかと思います。
お客さんが使っているシーンを拝見すると 「あ、こういう完成もあるんだな」と思えた時があるのです。
こういった時に作っていてよかったと感じますね。

後編は明日公開されます。